
愛知県犬山市にある犬山城は、規模的には、姫路城や松本城などと比べますと、とても小さなお城になりますが、この犬山城は、日本のいろんな歴史をみてきたと言っても過言ではないぐらい、昔に建てられたお城になり国宝に指定されています。
また、三重五層の天守閣は中でも古い形にあたる望楼型(ぼうろうがた:遠くを見るために建てたやぐら)の姿をとどめていて後世の天守閣にはない形になっています。
そして、犬山城は、今年の行ってよかった「日本の城ランキング2016」では、第4位となっていますので、見る価値は十分あるお城と言えます。
魅力ある犬山城の歴史や特徴と見どころなどを考えていきます。
愛知県犬山市にある犬山城の歴史は?
国宝の犬山城は、さかのぼること約480年前の室町時代末期、
天文6年(1537年)に、美濃金山城(みのかねやまじょう)の
天守を移築した現存する最古のお城と言われていました。
しかし、昭和40年(1965年)の解体修理などを行った際に
調査しましたところ、関ケ原の戦い以降に移築または
新築されている見解を出されましたが、
確たる証拠には至りませんでした。
そして、お城の形において、古い望楼型が使われている事などを
見ますと、天文6年(1537年)に移築されたと
考える方が有力になっています。
木曽川南岸の標高約85mの城山に築かれた犬山城は
背後を断崖に守られたお城になり、
改修当時は、本丸、杉の丸、樅の丸(もみのまる)、
桐の丸、松の丸を南方に階段状に連ねて配置してありました。
また、木曽川を押さえる、軍事上、経済上、
交通上の重要な拠点にされていました。
明治時代を迎え明治4年(1871年)の廃藩置県で
廃城となり、天守を除いて櫓(やぐら)、城門などの
ほとんどが取り壊されました。
しかし、町民の懸命な保存運動が起こり、
犬山城は存続と決まりました。
当時は、愛知県の保管となりましたが、
明治24年(1891年)にマグニチュード8.4の
濃尾地震(のうびじしん)により、
天守閣は大きな被害を受けました。
しかし、愛知県では、修理費用がまかなえなかったために
明治28年(1895年)修復や保存などを条件に
旧犬山藩主の成瀬正肥(なるせまさみつ)へ無償譲渡し、
犬山町民が義援金などを集めて無事修復されました。
昭和10年(1935年)に犬山城は国宝に指定され、
昭和27年(1952年)の規則改正にともない、
国宝に再指定されました。
また、昭和34年(1959年)の伊勢湾台風によって
被害を受けたために昭和36年(1961年)から
昭和40年(1965年)にかけて解体修理が行われました。
その後、平成16年(2004年)3月まで
旧犬山藩主の成瀬氏が代々受け継がれてきたお城でしたが、
同年4月「財団法人犬山城白帝文庫」の所有となりました。
犬山城は別名白帝城(はくていじょう)とも呼ばれ、
由来は、江戸時代中期の元禄年間(1688~1703)頃の
儒者(じゅしゃ)が当地を訪れた際にお城の美しさを
ほめたたえて、過去の中国の詩人が
「朝に辞す白帝彩雲の間・千里の紅陵一日にして還る・
両岸の猿声啼きやまざるに・軽舟すでに過ぐ万重の山」と
言われたことから文字をとって命名したと伝えられています。
犬山城の特徴と見どころは?
名古屋鉄道、犬山線の犬山遊園駅を降りますと、
まっすぐに犬山城に向かわずに木曽川を
渡る橋に向かいますと、
そこから見える犬山城がとても美しいです。
また、木曽川の対岸から見た天守閣や
西側にある橋の対岸から見える犬山城もとても美しいです。
登城口からなだらかな石段を登りますと、
復興された隅櫓(すみやぐら)と本丸門が見えてきます。
この犬山城は山麓から最後の城門をくぐるまで、
天守の姿を見ることができない造りになっていて、
登城道の最後の坂を上りつめた場所が岩坂門跡になり、
やっとお城の姿を見ることができます。
曲輪(くるわ)や櫓等は存在していませんので、
天守の周りは公園のようになっていて、
小ぶりな天守の内部は、模型や武具などが展示されています。
ほぼ当時の状態の姿を残す犬山城は、
現在のお城では多くのコンクリート造りであるのに対して、
創建当時の木材がそのまま残り、長い歴史を刻んだ木材の
温かみを感じさせてくれるお城です。
エレベーターもなく、当時のままで木の階段は
急な角度で幅も狭い状態になります。
天守閣から見える景色は、遥かに広がる犬山の
街並みが広がって見ることができます。
そして、天守閣を回りますと、
そこには悠々と流れる木曽川や背後に連なる
美しい山並みはまさに絶景です。
しかし、足元を見ますと床板の隙間が多く、古さも
ありますので抜け落ちるのではないかと不安になります。
犬山城の東にある庭園・有楽苑(うらくえん)は
国宝に指定されている
茶室の如庵(じょあん)があります。
犬山城も国宝に指定されていますので、
近くに国宝が2つあることになります。
国宝の茶室如庵だけではなく、
重要文化財の旧正伝院書院
(きゅうしょうでんいんしょいん)も
見ることができます。
確かに由緒あるお茶室だとは思われるのですが、
有楽苑に入場のに1人:1,000円は
少し値段が高いと感じられ、
犬山城の入城料よりも値段が高いです。
しかし、お城からは歩いてすぐですので
観光としては良い立地条件になります。
少し余談になりますが、
現在、国宝に指定されている茶室は3棟あります。
京都の大山崎町にある
妙喜庵(みょうきあん)の「待庵(たいあん)」と
京都の大徳寺町にある大徳寺塔頭(たっちゅう)の
龍光院(りゅうこういん)の「蜜庵(みったん)」
それと愛知県犬山市の有楽苑にある
「如庵(じょあん)」になります。
現在は枯れてしまいましたが、
犬山城天守の東側には巨大な杉の木がありました。
長く天守を守ってきた御神木(ごしんぼく)として、
現在は「大杉様」として
祀られて(まつられて)います。
大杉様の樹齢は、約650年で
高さが枯れる前までは約24mありました。
犬山城築城当時からの老木で、
天守閣と同じぐらいの高さがありました。
落雷の時には城の身代わりになり、
台風の時には風よけにもなりお城を守る
御神木としてあがめられてきました。
しかし1965年頃に枯れてしまい、
それ以降、地元の住民は、杉の木が
犬山城の身代わりになってくださったと
思いしめ縄をして祀っています。
犬山城へのアクセス方法は?
電車の場合
名古屋鉄道犬山線の
犬山遊園駅より徒歩約15分です。
車の場合
東名高速道路の小牧ICから約30分または、
中央自動車道の小牧東ICから約30分です。
駐車場(公営)犬山城第1駐車場
約140台駐車可能で1回500円になり
犬山城の最寄りの駐車場です。
(犬山城まで徒歩約5分です。)
営業時間
8:30〜16:30(土日祝は8:00開場)です。
犬山城の開城時間
9:00~17:00で
最終入城時間は16:30です。
入城料
大人:550円、小人:110円です。
休城日
12月29日~12月31日で
展示物の変更と整理期間になります。
トイレなどは本丸内にあります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
国宝としては、こじんまりとしたお城ですが、
天守閣からの眺めは、360度を見る事が
できますので、木曽川や濃尾平野を一望できて
とても気持ちがよくなるでしょう。
また、天気が良くて空気が澄んでいる日は、
金華山や岐阜城が見えます。
小さくても国宝に選ばれるだけの価値が
ある犬山城へ行ってみるのもよいと思います。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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